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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)70389号 判決 1982年2月19日

原告 岡野せい

右訴訟代理人弁護士 紺野稔

同 吉宗誠一

同 田中康友

同 松江康司

同 及川健二

被告 冨田宗一

右訴訟代理人弁護士 本村俊学

主文

原告の請求を棄却する。

原告と被告間の東京地方裁判所昭和五六年(手ワ)第八九〇号小切手金請求事件について同裁判所が昭和五六年六月五日に言渡した小切手判決を取り消す。

訴訟費用は、小切手訴訟及び異議申立後の分を含め、全部原告の負担とする。

事実

一  当事者の求める裁判

1  原告

被告は原告に対し金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五五年一二月一〇日から完済までの年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二  原告の請求の原因

1  原告は別紙小切手目録のとおり小切手要件が記載された持参人払式小切手二通(以下「本件各小切手」という。)を所持している。

2(一)  被告は本件各小切手を振出日欄を白地として振り出し、右振出日欄は後記の支払呈示がされた後に同目録のとおり補充された。

(二)  仮にそうでないとしても、被告は本件各小切手を金額欄及び振出日欄を白地として振り出し、右金額欄は同目録のとおり補充され、右振出日欄は後記の支払呈示がされた後に同目録のとおり補充された。

3  原告は本件各小切手を昭和五五年一二月一〇日支払人に支払呈示をしたが、支払を拒絶され、本件各小切手に支払人によって右呈示の日を表示した同日付の支払拒絶宣言が記載された。

4  本件各小切手の支払呈示は、振出日欄を白地としたままでなされたが、右の呈示は次の理由により有効と解すべきである。

(一)  振出日白地の小切手は有効に流通されている。これは、小切手法一三条の解釈によるばかりでなく、広く商業経済上の要請に合致するという実質的な必要性によるものである。

(二)  右の実質的な必要性に基づき、振出日白地の小切手は金融機関において現実にそのまま決済されている。昭和四九年に制定された全国銀行協会の当座勘定規定一七条にも「小切手もしくは確定日払の手形で振出日の記載のないものまたは手形で受取人の記載のないものが呈示されたときは、その都度連絡することなく支払うことができるものとします。」と定められている。このように、商業界においては小切手の振出日の白地補充が小切手金の請求についてそれほど重要ではないのである。

(三)  振出日を含めて、小切手の記載要件が法定されているのは、小切手上の権利内容、権利関係が外観上明瞭に判断されうることによって、小切手の支払の用具としての経済価値を保持せんとするものであり、換言すれば、小切手の所持人に小切手上の権利内容を明確に知らしめることにより所持人の保護、さらには取引社会の保護をはかろうとするものにほかならない。したがって、小切手要件の一部が白地のままで権利行使がなされた場合にも小切手上の権利内容が不明確であればともかく、そうでなければ、単に小切手要件が白地であるという形式的理由によりその権利行使を無効とするのは、本来の小切手要件法定の趣旨に反するものである。

(四)  振出日白地の小切手の場合は、他の小切手要件が備わっている以上は、金融業界においても小切手上の権利内容が外観上も明確であると判断されているのが現実である。

(五)  振出日白地の小切手の権利行使は振出人に不測の損害を与えるわけでもない。振出人が振出日を白地にして振り出すときは、小切手金の請求が何時になるかが確定されていないだけで、小切手金の負担自体は自ら覚悟しているのであるし、請求時期の不確定さも自ら甘受しているのである。

したがって、所持人と振出人の利益を比較した場合においても、振出日白地の小切手の権利行使は有効と解するのが妥当である。

(六)  以上のように、小切手の振出日の記載は小切手の権利内容に関する問題ではないと解されるのであるから、振出日白地のままでの権利行使も有効と解すべきであり、仮に振出日白地というだけでその権利行使が認められないと解するならば、きわめて些小な機械的なことに余りに重大な法律効果を認めすぎることとなり、金融業界の実情にも反し、妥当でないと解すべきである。

《以下事実省略》

理由

一  原告が本件各小切手を所持していることは当事者間に争いがない。

二  被告は本件各小切手を振り出したことを否認するが、本件各小切手である甲第一、第二号証の各一における振出人欄に被告が署名押印をしたことは被告の認めるところであり、かつ被告が本件各小切手を相馬に任意に交付したことも被告の自認するところであるから、特段の反証のない本件においては右甲各号証の成立の真正が認められ、被告が本件各小切手を振り出した事実を認めることができる。もっとも、本件各小切手の金額欄及び振出日欄を被告が記載したことまでは、これを認めるに足りないが、被告が支払人である世田谷信用金庫船橋支店から交付を受けていた小切手用紙を用いてその金額欄及び振出日欄を空白のままとして本件各小切手に署名押印のうえ相馬に交付したことは、被告の自認するところであるから、特段の反証のない限り、被告は右各欄を白地としその補充権を与えて振り出したものと推定されるところ、その反証がない。そうして、右各白地部分が小切手目録のとおり補充されていることは前記甲号証の記載により明らかである。

三  原告が本件各小切手をその主張の日に支払人に支払呈示したことは当事者間に争いがないが、その際本件各小切手の振出日欄は未だ補充されておらず白地のままであったことも、当事者間に争いがない。

原告は、振出日白地の小切手の支払呈示も有効であると主張するが、当裁判所は原告の右の法律上の主張は理由がなく、本件各小切手の支払呈示は振出人に対する遡求権を保全する効力を有しないものと判断する。

すなわち、小切手法一条は小切手の振出日を小切手要件の一つと定め、これを欠く小切手を無効なものとしている(同法二条)のであり、かつ、小切手の振出日の記載は支払呈示期間を決定する基準となり(同法二九条)、ひいて時効期間の起算日を定める基準となる(同法五一条一項)など、小切手の権利行使について重要な役割を与えられているのであるから、これをたやすく小切手要件ではないと解することはできない。

もっとも、振出日白地の小切手が流通しており、現にそれが支払呈示されて金融機関で決済されていること、全国の金融機関における当座取引で約款として通用している現行の当座勘定規定にも原告主張のとおりの文言があることは、公知の事実であるが、振出日白地の小切手が流通におかれていることは白地手形、白地小切手一般が流通性を有していることと同断であり、また振出日白地の小切手が決済されるのは小切手振出人と支払人たる金融機関との間の支払委託契約の内容の問題であり、右の各事実があるからと言って、振出日白地の小切手の支払呈示を小切手法上も有効な呈示と解すべき理由とはならない。原告は小切手の所持人と振出人との利益衡量をも論じているが、金銭支払の手段として経済社会で極めて重要な役割を果たしている小切手を利用する者としては、小切手の法律関係を律する小切手法の技術性や強行法規性に思いを致し、一挙手一投足の労を惜しむことなく小切手要件たる振出日の記載を励行すべきであり、このことは、振出人の振出行為についてのみならず、所持人の白地補充権の行使についても等しく要求して差し支えがないものと解されるから、前述の法解釈が所持人のみに些細な点で損失を与え、振出人のみに不当な利益を与えるということにはならないのである。

右のとおりで、原告は被告に対し本件各小切手の振出人としての遡求権を行使することは許されない。

四  よって、原告の本訴請求を棄却することとし、これに反する原小切手判決を取り消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 友納治夫)

<以下省略>

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